「悟り・覚り・レシオ ― 光と限界のレイヤーを越えて」
序論
人間の認識は限られている。
可視光は虹のスペクトルまでであり、それ以上の紫外線も赤外線も、我々の眼では感知できない。
しかし、それらも確かに「存在するレイヤー」である。
ここで重要なのは「レシオ ratio」である。
人間が知覚できる帯域は、広大なスペクトルのほんの比率でしかない。
悟りや覚りもまた、この「比率の自覚」と深く関係している。
第一章 悟ると覚るの二つの相
悟る 悟るとは、心の壁を越え、他者や世界との比率を調和させること。 見えない赤外線や紫外線を認識できなくとも、心のレシオによって存在を感じ取るように、悟りは「感受の比率」を拡張する。 覚る 覚るとは、「あっそうか」と差を取り去る瞬間。 これは事象そのものと同じ比率に波長を合わせる行為である。 例えば、プラズマは可視光と不可視光の中間にあり、その存在を「知って覚る」ことで、我々は一層のレイヤーに触れる。
第二章 知識の海と光の帯域
人間は知識の海の海岸で遊ぶ赤子である。
拾い上げる貝殻はほんの一部であり、我々が「見えている可視光」もまた、宇宙スペクトルのごく一部に過ぎない。
紫外線や遠赤外線は、私たちが見えないだけで重層的に存在している。
「無知の知」とは、認識の比率が限定されていることを理解すること。
ここでもレシオは、「どの帯域を感知でき、どの帯域を感知できないか」を示す座標軸となる。
第三章 非ユークリッド空間とレシオの閃き
非ユークリッド空間から届くインスピレーションは、可視光の外から飛び込んでくる光子のようだ。
我々は直接それを「見る」ことはできない。
だが、その波動のレシオを受け取り、心で翻訳したときに「はっ」と覚る瞬間が訪れる。
すなわちテレパシー的直感は、可視域外の波長を心がキャッチする働きである。
その基盤にあるのは 比率(レシオ) であり、そこに宇宙との共鳴が宿る。
第四章 肉体という3Dモジュール
肉体は地球における「3Dモジュール」であり、知覚できる帯域や空間感覚に制限を持つ。
しかし制限があるからこそ、調和の比率を学び取ることができる。
「世間虚仮」とは、見える部分だけを実在と思い込む錯覚であり、
「悟り」と「覚り」は、その虚仮を越えて不可視のレイヤーを感受する力である。
結論
人間の知覚は可視光という狭い帯域に限定されているが、宇宙には無数の不可視のレイヤーが存在する。
悟りとは、他者との比率を合わせ、心の光を広げること。
覚りとは、対象との比率を一致させ、見えない帯域を心で受け止めること。
ゆえに、人間にとって大切なのは、すべてを網羅することではなく、
「光と心のレシオを見抜き、宇宙の重層的レイヤーを楽しむ赤子として在ること」 なのである。
坂口義典 2025 9/6
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本記事の内容(文章・図・数式・独自用語を含む)は、筆者によって 2025年9月6日に公開されたオリジナルの研究考察です。
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