サトリ

自と他の
差を取ること
差取り

また
悟り 

覚り
どちらもサトリ
と読む

悟りの方は ヘンがリッシンベン→心、作りが吾(ワレ)であるから、
「人の心を吾がものと同じく考える」人間ベースの「差取り」

覚りは、「あっ、そうか」という気づきであり、これは、
「ある事象の本質を理解する」→その事象とひとつになる→差取り、である。

さて、この悟りと、覚り、並べると

覚悟、になる。

人間は生まれた時泣く。

釈迦は人生とは「一切皆苦」と言った。それだけ大変なのは皆生きていれば実感していることでしょう。

だから、「覚悟」があれば、生きていけるわけです。

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