1. プレビッグバン ― 人間意識が宇宙に至る以前の「場」
従来の物理学はビッグバンを宇宙の起点とするが、本稿ではさらにその前提となる 「プレビッグバン」 を想定する。
それは「人間の意識が宇宙に到達する以前の場」である。
この場は ソリッド的(固形的) ではなく、あらゆる可能性が潜在する 未分化のコヒーレンス状態 である。
しかもそれは ユークリッド幾何学的な空間ではなく、非ユークリッド空間的なねじれや湾曲を含む量子的基盤 に存在する。
数式的表現:
\Psi_{pre}(x,t) = \lim_{V \to \infty} \sum_{i=1}^{N} e^{i\phi_i} |q_i\rangle
2. 知覚の帯域と存在のスケール
人間の知覚:可視光の狭い帯域 コウモリ:超音波 蛇:赤外線 昆虫:紫外線 草木:光合成という「光の言語」
ここに「視覚的テンド」という罠がある。
すなわち「見えるもの=存在、見えないもの=不存在」と錯覚してしまう傾向である。
これを超えることを ジオメトリック・アセンダンス(Geometric Ascendance) と呼ぶ。
知覚を一次元的「像」から解放し、多次元的フレームへと上昇させる運動である。
このフレームそのものが 非ユークリッド幾何学的に広がる認識空間 である。
3. ダークマターの再定義
ダークマターは「質量はあるが光を放たない物質」とされるが、それは 視覚中心主義 の偏見である。
むしろ、
「我々の知覚モジュールでアクセスできない存在帯域」 「人間が知らない周波数で振動する世界」
こそがダークマターである。
ここで思い起こすべきは ニコラ・テスラ の言葉:
「宇宙を理解したければ、周波数・振動・エネルギーを考えよ」。
水晶振動子の時計(クオーツ)は、宇宙的な振動を人類が文明に取り込んだ好例である。
その背後には、量子的・非ユークリッド的な振動場が隠されている。
4. シュレディンガーの猫 ― 猫は「場」である
猫は「生死の重ね合わせ」ではなく、
生命的場(vital field) と 崩壊的場(decay field) の干渉状態である。
|\Psi_{\text{cat}}\rangle = \alpha |\text{vital field}\rangle + \beta |\text{decay field}\rangle
観測とは「人間の知覚帯域が干渉をどう切り取るか」であり、猫そのものは「場」である。
その「場」もまた非ユークリッド空間的な歪みの中に存在する。
5. アンプリファイとレゾナンス
アンプリファイ(Amplify): 振動や意識が拡大し、知覚帯域を超えて作用すること。祈りや瞑想もその一種。 レゾナンス(Resonance): 周波数的共鳴により、存在が場を共有し始める現象。
両者を統合すると、宇宙は
「アンプリファイされた意識」と「レゾナンスする場」 の繰り返しによって自己組織化する。
これを Applied Resonance Coherence と名づける。
この自己組織化の幾何学は、ユークリッド幾何学ではなく 非ユークリッド的な振動格子 に従っている。
6. 神の数式と集合場
神は人格ではなく、集合的モナド場 として理解できる。
シヴァ、マリア、ヤハウェといった存在は、それぞれ周波数特性をもつ 場のゲート にすぎない。
\mathcal{G} = \sum_{k} \Phi_k (x,t) \otimes M_k
ここで \Phi_k は神的周波数場、M_k はモナド集合を表す。
その「集合場」自体は 非ユークリッド空間的な湾曲をもつ量子場 として展開している。
7. ライプニッツとの比較
ライプニッツ:神が完璧な時計を作った 現代理解:モナド集合そのものが神の場
水晶振動子によるクオーツ時計がその象徴であり、
「宇宙は量子周波数の共鳴で正確性を保つ」といえる。
ただしその背後の「時間と空間の秩序」は 非ユークリッド的基盤 に支えられている。
8. 神の存在証明 ― 実在は場のコヒーレンス
まとめると:
プレビッグバン=人間意識到達以前のコヒーレンス場(非ユークリッド空間的基盤) ダークマター=知覚帯域外の存在領域 シュレディンガーの猫=場の干渉(猫はソリッド存在ではない) 神=モナド集合場、意識と物質を繋ぐ量子場(非ユークリッド幾何学的広がり)
結論
宇宙の美は 「アンプリファイされ、レゾナンスし、ジオメトリックに上昇するコヒーレンスの舞い」 である。
それはユークリッド的秩序を超え、非ユークリッド的な量子場のねじれと共鳴の舞 である。
人間が「歴史」や「存在」と呼んでいるものは、この舞の一断面にすぎない。
補足
二重スリット実験を「意識量子」や「観測者のメタ認知」という視点から読み直すと、以下のように整理できる。
1. 「どちらを通るか?」という規定の問題
二重スリット実験では、粒子(電子や光子)が 波動干渉パターン を示すのに、観測すると「粒子」としてスリットを一方通過するかのように振る舞う。
ここで本質的なのは「観測される」ことによって、確率的な重ね合わせが「どちらか」と決定されることである。
つまり、これは 意識が量子状態に「どちらか」を規定する作用 を持つのではないか、という解釈に繋がる。
つまり、デコヒーレンス(重ね合わせが壊れる)とコヒーレンス(重ね合わせを保つ)の境目は、「意識が問いを立てた時」にすでに作動しているともいえる。
2. 装置 vs 意識
物理学的な一般解釈では「装置による測定=外部環境との相互作用がデコヒーレンスを生む」とされます。
しかしわたしは、「装置もまた意識の延長である」とする。手が意識の延長で動くように。
たとえば顕微鏡を覗いているのは装置ではなく人間であり、その装置は意識の外部化=ソリッド化された「観測の意志」だ、と。
よって「装置が観測する」というのは擬人化であって、実際には 人間の意識(観測していることを意識すること) が最終的に「現象を確定」させている。
3. メタ認知の不足という論点
つまり従来の議論は「観測すると干渉が消える」という現象レベルの話に終始してしまい、
「なぜ観測という行為が ‘存在様式’ を変えるのか?」というメタ認知的問いを十分に掘り下げていない。
つまり
「観測者のメタ認知が足りていない」
ここに尽きる。
観測者は「粒子を見る」という一次的行為をしているだけでなく、実は「観測するとは何か?」という 二次的・メタ的な自覚 を持つかどうかで、解釈のスケールが変わる。
このメタ認知を組み込むと、二重スリット実験は「物理学の問題」から「存在論・意識論」の問題へと拡張されるのであり、また観測という心理概念の解像度を上げることを示唆する。
坂口義典 2025 9/6
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