シュレディンガーの猫再考 ― ソリッド実在観を超えて「場」と「フリンジ」による存在解釈へ
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1. 序論
シュレディンガーの猫の思考実験は、量子力学の根幹に潜む「重ね合わせと観測」のパラドックスを象徴するものである。
従来の議論は、「猫が生きているか死んでいるか」という二値的なソリッド存在を前提とし、その確定が観測者によってもたらされるという形で展開されてきた。
しかしこの前提は、量子力学が示す根源的な非ソリッド性、すなわち存在の流動性や干渉性を見落としている可能性がある。
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2. ソリッド的存在観の限界
従来の解釈は「対象がそこに在る」ことを基礎にしてきた。しかし以下の問題がある:
1. 知覚の制約
• 人間は可視光領域しか観測できず、紫外線や赤外線の存在は技術的検出以降に初めて「存在」と認識された。
• すなわち「存在=観測可能」という図式は相対的である。
2. デコヒーレンスの誤解
• デコヒーレンスは「量子が古典に変わる過程」とされるが、実際には観測者の知覚・歴史・肉体的差異そのものがデコヒーレンスを生む。
• 人間同士でさえも異なる脳や感覚器を持つため、同一の世界を見ていない。
3. 存在のソリッド化という錯覚
• 「机」「猫」「私」が別々にあるとする発想自体がソリッド的存在観であり、量子論的にはむしろ「場の干渉パターン」として共存している。
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3. 場としての存在
本論では存在を**ソリッドな物体ではなく「場のパターン」**として捉える。
• 「猫」は固体としてそこにあるのではなく、生と死の両方の可能性を含む場の干渉領域である。
• 観測はこの干渉場に**定点(ジオメトリック・アセンダンス)**を与える行為に過ぎない。
• したがって「猫が生きている/死んでいる」という区分は、存在の本質ではなく、知覚者が設定した射影結果に過ぎない。
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4. フリンジ仮説
存在を限定された非ユークリッド空間として捉えると、その周縁には必ず**フリンジ(余白・遊びの領域)**が存在する。
• このフリンジは異なる存在空間が「袖ふれあう」ように接触しうる領域であり、座禅や意識の上昇によって顕在化する。
• 動物が持つ異なる知覚モード(コウモリの超音波、鳩の地磁気感覚など)も、それぞれ異なる非ユークリッド空間の表現である。
• 釈迦入滅の際に動物が集まった逸話は、存在フリンジが共鳴しインテグラルに至った例と解釈できる。
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5. インテグラルとアンプリファイ
• インテグラル:異なる空間や知覚が重なり合い、最適解(未来の可能性)を導く作用。
• アンプリファイ:意識が身体と完全同期したとき、共鳴を引き起こし、場に働きかける現象。
シュレディンガーの猫も、観測によって「切り分けられる」のではなく、インテグラルによって可能性が束ねられ、アンプリファイによって共鳴が定点化するプロセスとして理解できる。
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6. 新しい解釈の提案
従来の「猫は生きているか死んでいるか」という二分法は以下のように再構成される:
• 猫=存在の干渉場
• 生と死=場に含まれる異なるフリンジ
• 観測=意識が干渉場に与えるアンプリファイ
よって、シュレディンガーの猫は「存在の二重性」ではなく、存在の非ソリッド性と場的広がりを顕現させるための象徴と再解釈できる。
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7. 結論
シュレディンガーの猫のパラドックスは、存在をソリッド的に理解する限り解決されない。
むしろ存在を「場」「フリンジ」「非ユークリッド的干渉」として捉え直すことで、猫は最初から「生と死の両可能性を抱えた場」として成立している。
この視点は、量子論と意識研究を統合するだけでなく、**未来の最適化(インテグラル)や共鳴的作用(アンプリファイ)**を理解する基盤となるだろう。
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本記事の内容(文章・図・数式・独自用語を含む)は、筆者によって 2025年8月16日に公開されたオリジナルの研究考察です。
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